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全然Hじゃない本気話

寝すぎた。。。右半身が固まっていてえ

薬飲むにははやすぎっし

しょうがないプログでもかくか

というわけで全然Hじゃない本気話

興味のない人はスルーしてね

 

先日、ヘルパー?さんがリハビリしにきた

そん時、ふとした話から痛くて親が死ぬまで持つか心配なんだよねーって

話になった

そしたら、まあ頑張って生きましょうって返してくるわな

俺としちゃあ死ぬのは決まっていてそれまでもつか心配って話なわけ

そしたら、始まりましたよ説得が(苦笑

『なんでそんなこと言われるんですか』

「だって生きる意味がないじゃん」

『ぼくたちは何のためにこーゆーことをしてると。。。』

「んなことしらねーよ、金のためじゃないの」 

『僕たちは皆さんが生きる希望を少しでももてるよーに』

「おれも持ちたいさ、でもその可能性は限りなく0に近いがな」

『でも0じゃない』

。。。もう、禅問答みたいなわけ

『残された家族どーしろと』

「まだ若いからどーにでもなるっしょ」

『娘さんもまだ小さい』

「だからいいんじゃね」

『私の知ってる家族にこーゆーかたがいます・・・』

彼は経験談を話し始めた

ある夫婦がいた

旦那は普通の植木職人だったが、ある時木から落ちて

後遺症が残ってしまった

俺のような半身麻痺に加え、性格が攻撃的になってしまった

そりゃあ、酷くて奥さんはたたかれたりした、僕も殴られた

『でもね、奥さんは不幸じゃないんです、生きてられるから。。。』

その話を聞いて逆に旦那が不幸に思えてきた

だって、その女房の自己満のために生かされているようなもんだ

まるで手のかかるペットみたいに

できるなら5分でも正気を与えて、自ら死の判断をさせてあげたいと思った

人は自ら作り出す『生きる意味』と他人から与えられる『生きる価値』が

あると思う。

その2つがなくなれば、死んだほうがいい

で、その『意味』と『価値』を比べれば、『意味』が優先される

つまり自分が死にたいと望めばそうしたほうがいい、周りから反対されても

だって、命は最後に残るたった一つの持ち物じゃん

それくらい自分で決めたい

家族には悪いと思うけど、運が悪かったとおもって諦めてもらうしかない

 

で、話わってゆーと

「そんじゃあ、痴呆でクソ垂れ流してまで生きたいと思う?」

『痴呆で便所が出来なくなる人はほんの一部です』

「そーゆーのじゃなくて、極論なんだが」

とか

『〇〇さんがそういう話をされるのも信頼関係ができたからだと思います

今度から心配事や悩み事があればなんでもおっしゃてください』

「いや、心配事や悩み事があるわけじゃないんだが(死ぬまでもたないくらい?)」

て感じで、応えなく終わった、当たり前か

やっぱ、こういう話は他人にするべきじゃないなと思ったとさ

 

次回はちゃんとHな話書きます